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これまでの人生と高卒という選択、それとこれからの人生

この記事は「中卒・高卒アドベントカレンダー」25日目、ラストの記事です。ここまでアドベントカレンダーの出席率が半分程度しかないこのアドベントカレンダーですが、最後はきっちり締めたいと思います。

今回、このアドベントカレンダーを主催したのは、他でもない自分が、後数ヶ月で高校生から社会人となるので、その前にどうしても、何かしらの媒体の上で、自分の今を書き留めたかったからです。これまでの活動の一つの側面はすでにLTアドベントカレンダーにて述べましたが、実際の進路なんかについては触れていなかったので、ここに全てを収めたいと思います。

これまでの人生

はじめに、今まであまり語ったことがない私の今までの話をしたいと思います。

私は、今でこそ日本全国各地を飛び回って、Web系の業界で色々と活動していますが、高校にはいった頃は今とは全く違うタイプの生徒でした。

私は通信制の高校に通っているのですが、実は中学時代までは、あまり学校にも行っておらず、ふらふらと登校はしていたものの、真っ当な生徒像からは程遠いもので、家でたまーにプログラミングをしている程度の、いわゆるNerd筆頭の中学生でした。

そんな私でしたが、一応、中学時代からゲームを作ってコンテストなどに出しており、何度か受賞をしたことがあったため、中学時代から続けていたプログラミングにもっと注力し、技術系のアルバイトをしたい!と思い、通信制高校へ進学しました。

でしたが、当時は前述のような漠然とした像を描いてはいたものの、インターネット上で有名というわけでも、現実での、コミュニティ活動のような、オフラインの会合に盛んに参加しているわけでもありませんでした。

そんな私ですが、高校一年の10月から、少しずつ変化が訪れます。

はじめてのアルバイト

高校に入ってから半年、今まで色々と両親に反対されていて動きづらかったのですが、反対を押し切り、大阪市内のWeb制作会社でアルバイトをはじめました。

はじめはHTML,CSS,JavaScriptとWordPressのカスタマイズ程度の、典型的な「コーダー」的な活動を続けていましたが、はじめての現場ということで、Wev業界の雰囲気などがつかめ、2年の冬くらいまでは働いていました。

はじめはマークアップ系が多かったものの、徐々にPHPを用いた業務システムの開発にも携わるようになり、それらがきっかけで、自分からより力をつけるために探したり、時には社内で共有される情報などを通して、後述するコミュニティ活動につながる種であった「PHPカンファレンス」や「WordFes」などのITイベントの存在を知り、参加し始めました。

私にとって、コミュニティ活動というのは、私が今のようなアクティブさを身につけられたきっかけでもあり、今あるつながりの殆どの下地となっているものですので、話を始めると長くなってしまいますし、どうしても何の話をしていてもそれがメインとなってしまいます。

そのため、コミュニティ活動については前述のLTアドベントカレンダーで語ることにとどめておき、今回はその話はしないこととします。

ですが、この時に、コミュニティ活動とは別でもう一つ行っていた活動があり、それが今につながっているので、そちらを書こうと思います。

はじめてのサービス開発

大阪にある制作会社で働く最中、時間的余裕があったので、はじめてのWebサービスを開発し、運用しました。

「ナガシミ」という名前のRSSリーダーで、現在も一応AWS上で回し続けているサービスですが、それを高校二年生の時に開発、立命館大学の学生向けのソフトウェアコンテストに応募したことで、それからが大きく変わることとなりました。

「ナガシミ」をコンテストに出したところ、コンテストの審査に通過し、最終選考に選ばれ、大学内でプレゼンテーションを行った結果、入賞するという経験をしました。

当時は今ほどのスキルが有るわけでもなく、荒削りなサービスでしたが、「ちょっとしたツール」みたいなものではなく、一つのまとまったWebサービスが評価されたという成功体験は、私に非常に好影響を与え、また、これをきっかけとして、立命館大学内で発足した語学学習アプリのベンチャーで働くこととなったりと、ここからも人生を変える要因は大きく生まれました。

消耗とインターン

そうして、コミュニティ活動を行ったり、先述のベンチャーの他、SCOUTERという人材系の企業でエンジニア業をやったりしている中、高校3年生の夏に、私の中で大きなひっかかりが生まれました。

それは、エンジニアの中に、技術に固執しすぎていて、その先にあるプロダクトや、そのエンドユーザーを疎かにしている人が多いのではないかという考えです。

それはそれで良いのかもしれませんが、そういった人が増えると、エンジニアから始まるホスピタリティがプロダクトに反映されることはなく、また、Productionで使えるかどうかなどが抜けているのではないかなぁということで、あまりエンジニア業が好きではなくなっていたという現状がありました。

これについての話の詳細に興味があるかたは、「フロントエンドでみた、情報系ブログとはてブの地獄メカニズム」を読んでもらえるとわかるかと思います。

そんなとき、偶然ネット上でpixiv社がインターンを募集しているということを知り、少し興味があったことと、実は立命館大学のコンテストの時に、協賛企業としてはいっており、既に社員のかたと知人であったこと、そして、技術を極めるエンジニアではなく、インターフェースを通じてユーザーとの対話コミュニケーションをとる「デザイナー」というロールを経験してみたいということから、デザイナーとして応募。本来大学生向けに行われていたものでしたが、選考を通過し、インターンに行くことになりました。

そうしてインターン。8月の末から9月の末に行くことになり、デザイナーとして一週間活動することで、新たに色々なものを学びました。

それまでも、少しずつデザイナー的なロールでの活動は行っていましたが、本格的に、かつガッツリプロのもとで活動するという経験はなく、非常に多くのものを学べました。

勿論、デザイナーとしての考え方やスキル的な部分も大きかったのですが、何よりも良い学びを得られたのは、前述の「ひっかかり」に対するアンサーでした。

pixivのエンジニアの人たちには、私が今までエンジニアに抱いていた、技術に固執するあまり、実際のモノが見えなくなるような人たちはいませんでした。

皆が皆、pixivおよびその家族サービスを本当に大切にしていて、「こういう人たちもいて、エンジニアとして生きていったとしても、自分の今の考えを持ったままでも幸せでいられるかもしれない」と思えるだけの世界が、インターンの世界には広がっていて、高校生活一番の悩みは、pixiv社へのインターンによって解決となりました。

一ヶ月の就活

その一件もあり、卒業後、私自身の幸せ、そうして、私が今持っているスキルを最大限世に向けて活かせる場所であることから、pixivへの入社を決意、何度か2度か3度程度の面談ののち、採用となり、春からpixivにて、新入社員として働くこととなりました。

これは、pixiv社としては初のことであるようで、一度給与面について相談した時に「前例がないのでわからないけど、多分学部とおなじになると思う」という返事が返ってきたのが印象的でした。

これからの人生

そうして、ただの多少ひきこもり体質のはいった、友人関係に乏しい中学生は、通信制高校→制作会社→コミュニティ&スタートアップと、関西のフィールドで活動したのちに、日本でどこよりも自社とそのサービス、ユーザーを愛している会社で働くこととなり、コミュニティで得られた人との繋がりと、pixiv社の愛に揉まれながら、これからの人生を歩んでいくこととなりました。

今は春からの東京生活に向けて新居を構え、毎日のように、スタートアップやコミュニティ、インターネットであった人たちを招いたり、プレゼントを貰ったりしながら、人と人を繋ぐ9畳での生活を楽しみつつ、pixivの文化に浸る前に、最後にもう一つ、外の世界を見ようと思って、短期のアルバイト先を探しています。

これから私がどうなっていくのかは私にもわかりませんし、業界上、いつかはpixivを旅立つ日も来るのでしょうが、当分は、今の自分が思っていることを大切に、「学生」という立場から「社会人」という立場に変わる面白さと難しさを、存分に経験できたらと思っています。

私のような人間でも、多くの人と関わることで、大きな世界と関わるようになり、また、スキルも存分に磨くことができ、幸せな人生を、現状は歩けていますので、学歴やウィークポイント、偏見など、大きな社会性に負けず、自分だけの幸福をみつけ、それを多くの人と共有してもらうような人生を、みなさんが送ってくれればと思っています。

私は容姿が良いわけでもなければ、高学歴でもなく、あろうことか高卒であり、その高校でさえ通信制、偏差値のつけようがないために自らを「ハイフン」と呼んでいるような有様で、インターネット的なコンテキストが大好きな社会不適合者まっしぐらではありますが、私の生き方は、「学歴」と「人間性」と「年収」あたりを密接に繋げたがる人たちへのアンチテーゼとなり、また、それを嫌う人たちへの一種のロールモデルとなり得るかと思っているので、私のような人たちも、人生を諦めずに、頑張って生きていきましょう。

このアドベントカレンダーを、すべての社会不適合者たちへ捧げます。

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